杜祖健(と そけん、英語名Anthony T.Tu、アンソニー・トゥ、1930年 – )はアメリカの化学者。コロラド州立大学名誉教授、千葉科学大学教授。毒性学および生物兵器・化学兵器の世界的権威として知られる。趣味はピアノ演奏。
経歴
1930年に薬理学者杜聡明の三男として、台北市で生まれる。台湾大学理学部を卒業後アメリカに渡り、ノートルダム大学、スタンフォード大学、エール大学で化学と生化学を研修。ユタ州立大学で教職を得、1967年コロラド州立大学に移籍。1998年に名誉教授となる。2009年旭日中綬章受章。
オウム真理教による一連のサリン事件で、日本の警察当局にサリンの分析方法を指導するなど活躍している。
著書
• 『毒蛇の博物誌』講談社、1984年。
• 『中毒学概論 ‐毒の科学‐』薬業時報社、1999年。
• 『化学・生物兵器概論』薬業時報社、2001年。
• 『事件からみた毒 トリカブトからサリンまで』化学同人、2001年。
• 『生物兵器、テロとその対処法』薬業時報社、2002年。
• 『サリン事件の真実』新風舎文庫、2005年。
◦ 他、多数の著書・編著・論文あり。
地下鉄サリン事件の時、大半の患者が運ばれた病院というのは、聖路加国際病院ですが、この病院は、元米軍極東中央病院です。
地下鉄サリン事件の3年前の1992年、偶然、戦時に使える野戦病院としての機能を備えるためのタワーの施行が行われました。ちなみに同居したのは、大手広告代理店の『電通』と『フジテレビ』でした。(まめ知識)この増改築を指示したのは、著名な日野原重明理事長です。
日野原氏は、偶然にも『よど号事件』の時、日本医師会のメンバーとして、人質になっています。
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韓国で解放された乗客については、全て正式な出国手続きを経ていなかったこともあり、解放後も韓国へ「入国」することもなく全てがそのまま日本航空の特別機で日本へ帰国したものの、なぜか乗客の1人のアメリカ人神父は特別機に搭乗せず、そのまま所在不明となり韓国へ入国したと推測されたが、日本政府にも日本航空にもその行方が知らされなかったために疑念を呼んだ。
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なお、その中に虎ノ門病院院長の沖中重雄や聖路加国際病院内科医長の日野原重明がいた。
また、乗客の中の1人は1977年の日本赤軍によるダッカ日航機ハイジャック事件のハイジャック機に乗り合わせ、二度も日本テロ組織によるハイジャックに遭遇することになった。
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ちなみに、この事件で人質の身代わりになって北朝鮮と交渉した運輸政務次官の山村 新治郎氏は、このハイジャック事件後の1992年、自民党訪朝団団長として北朝鮮への訪問を翌日に控えた4月12日、精神疾患を患った24歳の次女に自宅にて出刃包丁でメッタ刺しにされ急逝した。当時健在であった母の目の前での惨劇であった。北朝鮮に訪問の際には22年ぶりによど号グループ首謀者の田宮高麿と会う予定であった。
後援会関係者からは「次女を後継者に」と言う声も挙がる一方で、次女の精神疾患に気付く者はいなかったという。次女は心神喪失により責任能力なしと判断され不起訴となるが、4年後に自殺している。

それでは、その天皇財閥の製薬会社とは数ある中で、どこなのか?
私(※著者の島津洋一)は東京で起きたオウム地下鉄サリン事件の調査執行責任者として、横浜化学品製造の倉庫から長野県の松本に向かう曲がりくねった道を、神経ガス生産のための前駆物質を運ぶトラックを追跡した。彼らは夜はそれらの樽を別のトラックに移して、スパイ衛星から検知されないようにしていた。中央アルプスには日本政府が資金を提供し、大手企業が運営する秘密の化学プラントがあり、表向きは農薬工場や精製所だが、実は神経ガスを生産していたのだ。
東大では、一高から進学してきた岸信介、我妻栄などがいたが、学生時代に直接話す機会はほとんどなかった。しかし、岸とは土井が住友本社東京支店総務課長になって、当時商工省で産業合理局事務官をしていた岸と再会して以来、家族ぐるみの付き合いとなる。
地下鉄サリン事件とは何だったのか??新たな疑問
プロジェクトXが、地下鉄サリン事件についての番組を放映したことがあります。聖路加国際病院(元米軍極東中央病院)がサリンの解毒剤(PAM)をどうやって入手したのか?というドキュメントでした。
PAMとは
プラリドキシムヨウ化メチル(プラリドキシムヨウかメチル、pralidoxime iodide)は、有機リン剤中毒の特異的な解毒剤である。一般的な通称はパム(PAM)もしくはオキシム剤と呼ばれることもある。化学的にはピリジニウム環にオキシム部位が置換した構造を持つ。
本来想定していた用途は、有機リン系の農薬中毒に対してであった。しかし、サリンやVXガスなど神経ガスも有機リン剤の一種であるため、効果を発揮する。
日本では大日本住友製薬(前:住友製薬)が1955年より医療用医薬品「パム静注500mg」として製造発売している。もともと同社の前々身で母体でもある住友化学は有機リン農薬を製造しており、同農薬による中毒に対処できる薬剤として細々と製造され、農業地帯の病院を中心に常備されてきた。
1995年の地下鉄サリン事件において原因の生物兵器がサリンだと特定されると、特効薬として一躍有名になった。それにおいて、瞬く間に消費されて東京都内の在庫は尽きてしまうも、全国各地の在庫が駅や空港で待機した医療関係者の人海戦術のリレーにより都心へ輸送され、結果として600人以上の被害者の命を救った。これは2005年に同事件による聖路加国際病院での救護活動を題材としたプロジェクトX〜挑戦者たち〜「地下鉄サリン救急医療チーム 最後の決断」においてもエピソードの一つとして取り上げられた。以上、Wikipediaからの引用終わり
あれれれ
覚醒剤=ヒロポンを大量生産して日本人を洗脳して第二次世界大戦を実行させた大日本住友製薬ですね!!
薬害エイズ バイエル薬品とナチスを結ぶ線またまた大日本住友製薬=住友化学が出てきましたよ。
またまた偶然『救世主』になってますよ。経団連の米倉会長@@どうなのよ??
by rakusen21
| 2017-11-14 04:00
| この世の闇に巣食う者たち
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