元々、朝鮮の渡来系帰化人、千葉一族の血を引き継ぐ平将門こと相馬小次郎が相馬(現在の柏市)に築いた東国の都は今もその地に怨みを中心とした魂として残り、この今の日本を連綿と裏から統括しているのだった。
その意味では将門の夢は、この日本を裏から操る魂の中心として実現され、現在では創価学会として実を結んでいるのだった。
ただ平将門ら関連の建築物などは国宝級のものがありながら国からは認められず、またその後、怨念を引き継いだ表側の北条家、水戸家を影で支えてきた風魔一族らの系譜も闇のまま明かされることもないのだ。
この怨みの歴史を読み解かない限り、CIAやその背後にいるユダヤ金融マフィアの指令に従順に従い「小沢一郎を殺そうとする」闇の勢力の正体を暴くことができないのだ。
その怨みを解く、ひとつのキーが観音様であり、逆に怨みをバネに勢力を伸ばそうとする創価学会にとって、あってはならない、シンボルだったことが小川達夫さんの話を聞いてわかってくるのだった。
そしてこの怨みを中央政府に対して持ち続け、忘れないようにしていることは、東の伊勢神宮とも対応できる神明社で子どもを間引く絵馬の話しをうかがったときに、痛いほどわかったのだった。
中央政府の圧政に虐げられた人たちの怨みの連鎖がこの絵馬にはあり、その連鎖を利用して影で利益を得ている政治結社、それが創価学会なのだ。
2 創価学会発祥の犯罪者により汚染された街:柏市など東葛地域
神明神社に掲げていた、子供の間引きの絵馬の話:朝廷支配の圧政に苦しむ怨みの伝承
平将門の夢が実現した柏市相馬地区を中心にした日本の裏支配体制
魂の怨みを利用した
お寺やロシア正教のキリスト教に逃げ込んで改宗したかに見せかけ処刑を免れた犯罪者集団
観音様を作った途端、迫害され、殺されていった小川達夫さんの両親や親戚の話
そして創価学会色に染めた街に現れた、白い創価学会の建物
戦国時代から今の戦車に相当する馬の放牧場、それを管理していたキム一族ら、渡来系帰化人の一帯。
そこに戦後、逃げ込んだ人たちが作る闇のネットワーク
その周辺地域に単にお金儲けの産業ビジネスとして建築されていた松戸の創価学会文化会館
小沢一郎らの命を狙う、赤報隊(日暮一族:竹内廉之助)の怨みの血をつぐ創価学会
http://tomozoaruku.blog89.fc2.com/blog-entry-558.html
「悪党 小沢一郎」での悪党とはWikipediaによると
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E5%85%9A
12世紀は中世の社会経済体制である荘園公領制がようやく確立した時期であるが、12世紀後半に見られた悪党の用例はいずれも荘園・公領における支配体制または支配イデオロギーを外部から侵した者を指して用いられていた。例えば、安元元年(1175年)に東大寺領黒田荘(伊賀国名張郡)に乱入した名張郡司源俊方と興福寺僧らが、東大寺の文書において悪党とされていた。この例が示すように、荘園領主や荘官が維持していた支配体系に対し、荘園・公領の外部から侵入ないし妨害しようとした者が悪党として観念されていた。
これより「支配イデオロギーを外部から侵した者」と定義できる。
ただ上記の顛末などから元々、小沢一郎さんもその悪党の血を継ぎ、それら裏社会の人たちを利用してきた過去があったのではと推認できる。(^_^;)
ただ現在ではご自身もおっしゃるように、そんな狭量な民族主義はやめ、裏で朝鮮の人たちを移住させ戸籍をとらせるようなこともやめて、正々堂々、日本国籍をとれるようにハードルを下げたり、地方参政権も与えて政治参加できるようにしようと、されてるのだ。
その彼らの魂の神はこの一神教学会であり、それを完全に否定しているのが小沢一郎であった。
この宗教を理論武装していろんな宗教を派生させていっており、、統一教会、幸福の科学、そして創価学会も、根っこは同じで、この一派と考えられる。
by rakusen21
| 2011-10-24 07:38
| この世の闇に巣食う者たち
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Comments(1)
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by
相馬小次郎
at 2016-07-30 03:56

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