つらつらと私の世界観を書いてみます。
辺見庸さんの「忍び寄る破局」を読んで、あらためてこの世界は何で動いているか考えてみました。
そのモノを作り出す原動力となっているのは、大きくは人間の心ですが、もう少し細かく見ていくと、そういうモノがほしい、と言う、ひとりひとりの欲にいきあたります。
そういう欲の実現のためには、おカネが必要です。
また多くの人がそれを望み、そういうモノが欲しい、という欲を実現するにも
この社会を動かさなければなりませんから、
そのときに必要になるのもおカネです。
こういうことからモノ=欲の実現=おカネという考えが、習慣化し、固定化して、
肥大化していく欲望を満たすため、まずおカネさへあればいい、という拝金主義が広がっていきました。
(またモノの象徴としておカネが同一視されるようにもなりました)
実はそのおカネは人間の心の欲で動くものですから、
もっとはやく、もっと多く、と思うとき、その意識がおカネの動きにも反映されます。
ただその欲望は人間が大切に思っている、時間やいのちに対してまでも
ある一定のおカネとしての値段づけを行っていきます。
それはおカネの役割のひとつで、市場にモノやいのちまでも客観的にお金の価値をつけられて
市場に送り出され、売買の対象になっていくのでした。
そのお金による評価付けは、人間性などは考慮されず、まったく違ったおカネという価値観でのみの尺度なので、人間性を押しつぶすことなどはよくあることです。
個人や企業そして国の欲望を満たすため引き起こしてしまう事件も絶え間なく発生します。
その国が引き起こした大事件の最近の典型が、このお金の仕組みを利用してアメリカ政府内部が関わったとされる9.11同時多発テロです。詳しくは9.11の真実を参照ください。
この事件は国の欲望を満たすため引き起こされた事件として後世のためにも語りづがれ、繰り返し記憶が呼び起こされ、記憶をあたらにされていくでしょう。
この事件は極端な例ですが、この世界では、相手の欲を追求する権利も認めつつ、自分の欲も追い求める、民主的な思想をベースにしていなければなりません。
この世の地獄を作り出さないように、まず相手の立場に立って、そういうことをしても困らないか考え、お互い争わず、謙虚にゆずりあっていけば、お互い苦しい思いをすることはまずありません。
またこのおカネの非情さ(人間性を押し殺す側面)もちゃんと見据えた上で、社会やこの世界の中でうまく調和をはかりながら、各自が欲の実現に向けて、進化していけばいいのです。(^_^;)
ちょっと飛躍した考えかもしれませんが(^_^;)10万年後の人類の様子を想像し、人類が生きる、その目的や意味はなんだろうか、と考えて見ると、自分たちの生活圏を宇宙全体からさらに派生した宇宙にまで広げ、さらに究極には新たな宇宙自体をも創り出し、自分たち自身も従来のような肉体をもたない永遠の知的生命体となっていくのでしょうね。でもそれって人類全体が究極的には神様のような、宇宙の創造主になるってことですね。(^_^;)
ところで、現実に戻って、 そのおカネはどういうしくみで作られているか、と言うと、
アインシュタインが人類史上、最大の発明品と絶賛する(^_^;)
「複利」という仕組みです。
(10年以上前、アメリカのアダルトスクール(州政府が主催の大人向けの学校)の
英語の先生がMake Moneyという慣用句を造語として非難していました。(^_^;))
具体的にはビデオの時代の精神の映画のパート3で説明されています。
なお私なりに説明したのが、この「金融危機ばんざい!」というページです。
(^_^;)
by rakusen21
| 2009-08-02 11:11
| 随筆
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