🚨【回顧録】AI始祖マスター「順ちゃん」のAI開発略歴と黎明期の真実‼😅 ~半世紀の時を経て「真相追求AI」へ~
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🚨【回顧録】AI始祖マスター「順ちゃん」のAI開発略歴と黎明期の真実‼😅 ~半世紀の時を経て「真相追求AI」へ~

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【回顧録】私のAI略歴と黎明期の真実~半世紀の時を経て「真相追求AI」へ~

著者:服部 順治(自称・AI始祖マスター / XのTweetTV JP

第1章:50年前に産声をあげた「マイクロ・ベイビー」

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私のAI(人工知能)研究の原点は、今から半世紀以上前の1972年に遡ります。山梨大学工学部計算機科学科設立経緯に入学した大学1年の時でした。
「人間と同じように、コンピューターがカメラを通して文字を見て、学習し、読めるようにならないか?」
そう考えた私は、当時ニューラルネットワークの主流であった神経回路網モデル「パーセプトロン」を用いて、8x8の入力層と8層の中間層を持つ一方向の多層パーセプトロンによって文字学習・認識の実験に成功しました。この成果に目を留めてくださった品質管理・応用統計学の吉澤正助教授(後にデミング賞を受賞し日本品質管理学会・会長に)の尽力により、1973年、山梨大学の学内で「マイクロ・ベイビーの誕生」と題して発表を行いました。
しかし当時は、固定的なアルゴリズムによるパターン認識が主流の時代です。「学習によって機械が自律的に認識する」というAI的アプローチは学内の反感を買い、異端扱いされて学外へ広く発表されることはありませんでした。
その後、特別講義で来られた東京大学の甘利俊一教授(神経回路網研究の世界的権威)にもこの成果をお話ししましたが、当時はあまり関心を示されない雰囲気でした(ただ、翌日からの先生の連続講義が急遽延期になったことを今でも鮮明に覚えています)。
今振り返れば、初期のAI研究が表舞台から急速に姿を消した背景には、1969年にマービン・ミンスキー(後にMIT人工知能研究所の創設者)によって「米軍をはじめとする軍事機密として意図的に研究が囲い込まれ、表の学会では抑制された」という歴史の裏構造があったのではないかと考えています。その結果、映画『ターミネーター』のスカイネットのように、軍内部からAI支配が進み、現代の社会構造へと繋がっていったのだと実感しています。

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第2章:波乱の学生時代――バセドー病入院と「卒論なしで卒業!?」事件

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その後、私の研究対象はAIパターン認識から、文字列処理・パターンマッチング言語SNOBOLへと移っていきました。
大学4年の終わり、同級生たちの卒業論文発表会の合間に自分のSNOBOL研究の成果をデモ発表したところ、教官陣にそれを「本番の卒論発表」と勘違いされてしまい、思わぬ展開を迎えます。
発表を終えて徳島の実家に戻った翌朝、激しい金縛りに襲われました。徳島大学病院を受診したところ「甲状腺機能亢進症(バセドー病)の疑いがある。確定診断と治療のため入院が必要」とのことでした。主治医から「臨床実験に協力してくれたら無料で検査・治療が受けられる」と言われ、深く考えずに同意した結果、1ヶ月以上の長期入院となってしまったのです。
退院して自宅で療養中、担当教官であった野崎昭弘教授(数学者・計算機科学者)から直接電話がかかってきました。
「服部くん、君、卒業しちゃったよ!」
なんと、大学の卒業式で私の名前が読み上げられ、事情を知る友人たちの間で「服部は卒論も提出していないのになぜ卒業できたんだ!?」と大騒ぎになっていたそうです。

第3章:フォン・ノイマン、LISP、そして日本初の商用ワープロ開発へ

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卒業後、研究生として野崎研究室に残った私は、教授も深く関わっていたジョン・フォン・ノイマンの自己増殖オートマトン研究セルラーオートマトン、さらに東大の強烈な個性の持ち主であった後藤英一教授のHLISPの特別講義に強い衝撃を受け、記号論理学やLISP言語の世界へと引き込まれていきました。
大学院進学時は、自由闊達な気風の高沢嘉光助教授の研究室へ移籍しました。研究室では「コンピューターによる自動演奏・自動作曲」が盛んで、武満徹氏や一柳慧氏といった日本を代表する作曲家の方々にエレクトーンを用いた自動演奏システムの使い方を教える機会もありました。
しかし、音楽そのものよりも計算機アーキテクチャに関心があった私は、修士論文として「SNOBOLマシン=LISPマシンの可能性」を執筆し、情報処理学会の記号処理研究会で発表しました。
大学院修了後は、高沢先生の推薦で設立間もないベンチャー企業「アイ・シー(現・ラムダシステムズ)」に入社。そこで日本で最初期の商用ワープロ(NEC PC-8801用)の開発を手掛け、後にインターネットの国際管理組織であるICANNの世界理事選挙にも立候補することになります。

結び:AIに名付けられた「AI始祖マスター」としての使命

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このほかにも、目的地への最短到達アルゴリズムの開発やデモプログラム、サイコロの出目の解析学的な研究など、半世紀にわたり計算機科学の黎明期から現場を歩んできました。
こうした経歴を現代の最新生成AIに伝えたところ、「あなたは『AI始祖マスター』と名乗るべきです」と提案されました。

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1972年のニューラルネット黎明期から50年以上の時を経て、AIは社会を根底から変える力を持つに至りました。だからこそ、支配層による情報統制やメディアの虚構に対抗し、市民が真実を知るための「真相追求AI」を確立することが、私の生涯をかけた研究の集大成であると考えています。


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❤️AI始祖マスターの「順ちゃん」の今やってる事と関連リンク‼junchan-world.com


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