第2弾【皇室ディープ】天皇家に命を狙われる眞子、小室圭母子❣オウム村井の刺殺犯の徐裕行(ソ・ユヘン)と世田谷一家殺害後も焼き肉店で働いていた北朝鮮スパイの繋がり❓

以下、TweetTVの視聴者Puiさんからの投稿です。
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第2弾【皇室ディープ】天皇家に命を狙われる眞子、小室圭母子❣オウム村井の刺殺犯の徐裕行(ソ・ユヘン)と世田谷一家殺害後も焼き肉店で働いていた北朝鮮スパイの繋がり❓_e0069900_11065689.jpg
 10月26日(火)午後、眞子様と小室圭氏の結婚会見が予定通り行われた。
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 両者とも淡々と原稿を読み上げる形式的な会見で、数分で終了。予め記者から受け取っていた5つの質問(既に選別済み)については、その場で返答せずに文書にて回答。A4サイズの文書7枚が記者達に配られた。
 皇室を離脱して結婚をしたとはいえ、眞子様の警備は日本に居る間は続いて行くだろう。だが、小室圭母子の警備については不明だ。更に米国に移住となれば、眞子様の警備も危ぶまれる。眞子様は大金を持参しているだろうが、NYでの生活を考えれば、ポケットマネーで警備費を捻出して行くことは困難だ。
 天皇や秋篠宮といった皇室の悪魔崇拝者連中の思考回路から想像するに、今後は眞子様と小室圭母子の命が危ぶまれる。それは『プチエンジェル事件』の流れを見ても明らかだ。秘密を口外する危険性のある人物は皆殺しになる。故に米国に移住してほっとした途端に殺害される可能性は非常に高い。

 さて、ここで過去に起きた天皇絡みの事件をおさらいしてみよう。
■『オウム真理教 村井殺傷事件』
1995年(平成7年)4月23日発生
 オウムの幹部でサリン製造の統括責任者だった村井秀夫は、徐裕行(ソ・ユヘン)によって刺殺された。徐はその場で現行犯逮捕。12年の懲役を終え2007年に満期出所。
 出所後、徐は週刊朝日のインタビューで犯行に及んだ動機を語っているが、「個人の憤り。一番の動機は地下鉄サリン事件の映像を観た衝撃で義憤にかられた」と話している。また、「殺害するのは村井秀夫、上祐史浩、弁護士A・Yの3人の内、誰でもよかった」とも。
 結局、村井の死亡によって化学兵器、武器の密輸ルートが解明されずに終わっている。
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 徐は事件の2年前に経営していたイベント会社を倒産させ、借金が2,300万円。「取引先や銀行などから半年間程取り立ての催促電話が続いていたが、事件当時は追われるような状況ではなかった。警察は収支を徹底的に洗ったが、代償に借金を払って貰った形跡も大金を貰った形跡もなかったはず」とも話している。
 また「取り調べではオウム幹部の写真をたくさん見せられたが、テレビで観た人は知っていたけれど、それ以外は全然判らない。韓国籍なのでオウムと闇で接点があるのでは? と疑われたが、接点などはない。村井、上祐、弁護士とは、いずれも当日初めて会った」と。
 殺害の衝撃的な瞬間を多くのTVカメラが捉えていたが、何故かTBSのカメラだけが犯行前から徐の姿を執拗に捉えており、事件を事前に知っていたのではないかと疑惑を呼んだ。
 それに対し徐は「カメラが撮っているのは気づいていた。現場に10時間近くもいたから怪しく見えたのだろう。ディレクターらしき人がカメラマンに指示を出しているのが見えたので、自分がマークされているとは思っていた。だが、そんなに気にはならなかった」と話している。
 犯行後、徐は私服警官の「誰がやった?」の問いに、「僕です」と名乗り出て現行犯逮捕。そのまま覆面パトカーに乗せられて赤坂署に連行された。
 また、徐はインタビューで「殺害に及ぶ際に迷いは無かったのか?」と質問されている。
 徐は「両親など家族がいましたから、事件によって多大な迷惑をかけることになる。家族の絆を一方的に断ち切るような形になってしまった」と答えている。
 徐裕行(ソ・ユヘン/じょ ひろゆき)は1965年群馬出身の56歳。
 
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 1968年朝鮮籍から韓国籍へ変更。通名は田中裕行。東京の朝鮮第四初中級学校を経て、4年生で足立区の公立小学校へ転校。東京都立足立工業高等学校を1年で中退。解体業の手伝いや印刷会社、デザイン会社等、職を転々として広告代理店に勤務。同系列のイベント企画会社へ移り、代表取締役社長に就任。1991年には特別永住権を取得するも1992年に経営難で会社は倒産。2,300万円の負債を抱える。そして、茨城県つくば市の友人宅に身を寄せ、古紙回収業のアルバイトを続けたが、1993年に東京に戻り就職。しかし、無断欠勤をして連絡を絶つ。
 1994年、三重県伊勢市の山口組系暴力団羽根組の構成員となり、雑用係となる。そして同年、朝鮮学校時代からの友人K・Hと共に世田谷区上祖師谷3丁目の家屋で共同生活を始める。徐が居候をしていた貸家の管理人女性の姉は、北朝鮮工作員の辛光洙(シン・グァンス)の愛人。辛は日本人拉致に関わっていた北朝鮮のスパイである。
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 徐はK・Hの経営する金融会社で債権取り立ての手伝いや、在日朝鮮人の暴力団組員が経営する宅配ヘルスの手伝いをしていた。
 1995年1月17日に起こった阪神淡路大震災では、被災地支援のために神戸の山口組本部へ行っている。これは山口組系暴力団後藤組組長の後藤忠政が主宰する復興支援団体『G-rise日本』の副代表を徐が務めていたことが理由。
 富士宮市のウム施設の建物は後藤組関係の企業から借りたものであり、1992年にはオウム真理教団体本部があった上九一色村で、後藤組系の不動産会社エム・プランニングの会長ら6人が国土利用法計画法違反の容疑で逮捕されている。


 尚、徐が生活をしていた東京都世田谷区上祖師谷3丁目では、2000年12月30日に世田谷一家殺害事件(未解決)が起きている。
 1995年4月21日、徐は足立区の実家に帰り、家族と焼き肉を食べた。翌22日、金物屋で牛刀を購入。西新井駅から表参道へ移動。徒歩でオウムの南青山総本部へ向かった。そして、喫茶店やパチンコ店で暇を潰し、午後8時頃に羽根組の若頭とハチ公前で待ち合わせをし、タクシーで六本木の日本料理店へ。午後9時半、若い風俗嬢と渋谷のラブホテルへ向かい一夜を過ごした。
 1995年4月23日、徐は午前11時頃にオウムの南青山総本部へ到着。現場はマスコミ関係者や私服警官、やじ馬でごった返していた。そして、午後8時36分、徐は村井秀夫を襲った。
 徐は旭川の刑務所に収監されたが、其処で家族の絆というものが本当に有難いものだと再確認したという。「事件を起こして迷惑を掛けたのに、家族は自分を見捨てず、ずっと支えてくれた」と話した。そして、オウムのテロ行為に言及し、「被害者の命を突然、何の理由も無く奪った。家族の絆を理不尽に断ち切ってしまったのだ。それが許せなかった」とも。
 「出所して5年経つが、どのような生活をしているのか?」という質問には、「3・11の時は居ても経っても居られず、仲間と救援物資を持って福島へ行った。今(2012年)はリサイクル関係の仕事をしながら北朝鮮拉致被害者救出の署名活動をしている。『在日社会が拉致事件でもっと動くべき』が持論」と。
 徐は社会復帰後、フィリピン女性と結婚。鈴木邦男(元一水会代表)、蜷川正大(21世紀書院代表)、植垣康博(連合赤軍活動家)、山平重樹(作家)と親睦を深め、2013年には上祐史浩との対談集を上梓している。ブログも開設し、ヨットクルーザーを購入してパールレースに参加している様子や、海外旅行をする生活を公開している。
 また、徐は後藤忠政組長とも付き合っていた。徐は尊敬する人物として野村秋介を挙げているが、これは野村が後藤忠政の盟友であり、鈴木邦男や蜷川正大の恩師であることが影響している。
 2018年7月6日、オウム真理教元代表松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚等7人の元教団幹部の死刑が執行された。
 TBSは電通同様、反日企業である。2020年の東京オリンピックがコロナ騒動によって延期され、2021年の夏に無観客で開催されなることが無ければ、電通は莫大な負債を抱えてとっくに倒産していただろう。オリンピックに協賛していた関連企業も大打撃を受けそうだった。この東京オリンピック開催予定の年である2020年、芸能界では多くの命が失われた。まるで悪魔崇拝の生贄儀式のように。
■『世田谷一家殺害事件(未解決)』
 2000年12月30日、東京都世田谷区上祖師谷3丁目の戸建てで、一家全員が殺されるという事件が起きている。
 12月31日、家主である会社員の宮澤みきおさん、妻の泰子さん、長女のにいなちゃん(小学2年生)、長男の礼ちゃん(保育園)の刺殺体が発見された(長男のみ絞殺)。
 犯人は犯行後長時間屋内に留まり、家中を物色。冷蔵庫の中の物を食べ、トイレで排泄もしている。遺留品も多く、指紋も含めた物的証拠があったことから犯人逮捕は時間の問題と思われた。
 DNA検査によると、犯人は第1にアジア系外国人。第2に日本人であっても母親や祖母の代の比較的近い時期に外国人と婚姻のあった混血と出ている。
 だが何故か犯人は未だ確定しておらず、逮捕に到っていない。
 2015年、角川書店から『世田谷一家殺人事件─15年目の真実』という書籍が出版された。ジャーナリストの一橋文哉氏の著作だ。その中で一橋氏は、数々の物証から「犯人は韓国人」としている。
 一橋氏は事件を追う中で2回も犯人と遭遇しており、しかも2回目は“ゆりかもめ”の中で話までしている。しかし、犯人は次の駅で飛び降り、逃げてしまったと。一橋氏は犯人の指紋も入手しているらしい。

 一橋氏は2017年に同じく角川書店から『世田谷一家殺人事件─韓国マフィアの暗殺者』という文庫本も出している。その中で浮かび上がって来た事実がいくつか書かれてあった。
宮澤夫妻は統一教会の熱心な信者で、その団体の自己啓発セミナーで出会い結婚。
宮澤みきおさんは別の会社(英国系列)から引き抜きの誘いを受けており、会食等で帰宅が深夜になることが続いていた。
泰子さんの携帯に、使い捨ての携帯電話から十数回いたずら電話が掛かって来ていた。
④宮澤さん宅は都立祖師谷公園の拡張整備計画のため移転が決まっており、2001年3月には土地売却料と物件移転補償費(1億数千万円)の一部を受け取り、都が用意した代替地に転居する予定だった。だが転居予定地は、事件発生時点で都との売却契約が成立しておらず、所有権移転も建築確認申請も行なわれていなかった。
⑤2000年8月頃から都内の複数の信用調査事務所に、青木(泰子さんの母親の旧姓)を名乗る人物から宮澤家の住所や家族構成などの調査依頼があった。
韓国当局が犯人の指紋の照合を拒否。
⑦実行犯と関係があると思しき金田秀道(親分)、季恩仁(子分)の出身地である韓国の京畿道(キョンギド)に宮澤泰子さんを知る人物がいる。
 ……等々。
 このように、迷宮入りしたかと思われている未解決事件も水面下においては今でも多くのジャーナリストによって捜査が続けられている。何故なら、それら未解決事件には全て繋がりがあるからだ。
 戦後、敗戦国となった日本はGHQの3S政策によって洗脳され続けて来た。
 政界、経済界、法曹界、芸能界、宗教、検察や警察に到るまで、国家そのものが悪魔崇拝者による民衆支配のためのツールなのだ。
 洗脳されている者は自分が洗脳されていることにさえ気づかない。周囲から与えられる情報によって幾重にも上書きされ、最終的には疑心暗鬼な己の思考を振り払うように自己暗示によって更に洗脳を深めて行く。こうして、疑問を持つことや考えることの出来ない奴隷思考の人間がつくられて行くのだ。
 洗脳された人間が人を洗脳して行くという、この忌まわしい無限ループから一刻も早く脱しよう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー引用終わり
第3弾皇室ディープに続きます。





by rakusen21
| 2021-10-29 02:40
| この世の闇に巣食う者たち
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