空海の一族の名前は佐伯氏です。佐伯氏は、古代日本の有力な豪族で、西日本各地に広がっていました。空海は、讃岐国多度郡屏風浦(現在の香川県多度津町)で生まれ、佐伯氏の当主である佐伯田公の次男として生まれました。空海は、幼い頃から学問に優れ、15歳で大学に進学しました。しかし、大学を中退して出家し、中国に渡って密教を学びました。空海は、中国から帰国後、真言宗を開宗し、日本仏教に大きな影響を与えました。
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しかしもちろん、実際問題どうにも困った人々はおります。
これはなにもあたら我慢すれば良いというものではありません。
この「以和爲貴」という言葉の由来とも考えられる論語(中国古典。四書五経の四書の一つに数えられる儒教の経書)には下記のようにあります。
「禮之用和為貴」
ですがこれは、いたずらにただ付和雷同にせよという意味ではありません。
互いに論じて物事の道理を通すには、まず和する気持ちがなければ、話し合いにならないという程の意味合いです。
同じ論語には次のようにも書かれています。
「子曰。君子和而不同。小人同而不和」
いわゆる「和して同ぜず」という心持ちです。
付和雷同という言葉を思い出しますが、これも礼記の「勦説する毋れ、雷同する毋れ」に由来すると言われております。
つまり「自らの信念や考えを捨てて、我慢して、相手の考えや意見になびいて従う」ということを指しているわけではないということです。
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橋下徹が育った関西最大の天皇部落は細川ガラシャら隠れキリシタンの町❣https://t.co/8wPh43DAoP
この鬼達の宗教的中心の崇禅寺❣
そこにも生贄祭祀の夢殿と聖徳太子の「和を以て貴しとなす」が❣
😱※この自己犠牲を強いる同調圧力の象徴のこの法律って捏造されてない❓https://t.co/uw9taWwXk2
— TweetTVJP (@TweetTVJP) August 2, 2022
この「よらしむべし、知らしむべからず」の本当の意味は
「いいですか、よく覚えておいてください。政治は、民衆を熱狂させ、支持させることはできます。だが、できるのは、ただそれだけです。決して、民衆に、それが本当はどのようなものなのか、なにが起こっているのか、その本質はなんなのかを理解させることだけはできないのです。ほんとうは、そのすべては民衆のためのものであるはずなのに。悲しいことですが」
これも有名な秋田のナマハゲはどうでしょう・・・・・・・・・・・
(以前「日本の鬼と桃太郎」としてUPしたので、一部重複しますが)
鬼のことを漂着した異人、という説が在りますがこれは「東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)」第一巻の誤った影響でしょう。
藤原王朝に帰順した百済の傭兵団の坂上苅田麿(さかのうえのかりたまろ=坂上田村麻呂の父)の倅(せがれ)田村麿によって、板東八ケ国へ追われた原住民が、多賀城が構築されるとさらに一のへ(一戸)、二のへ(二戸)三のへ(三戸)と追い込まれ、それでも降伏して奴隷にならぬ者は八のへ(八戸)九のへ(九戸)えとバリケードを次々と設営して追い込み苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)をした。
だから異人ではなく、藤原王朝に馴染もうとしない日本原住民であり、土着民なのです。さて、この鬼を進駐軍が持ち込んだ地獄図絵の赤鬼青鬼の観念で誤ってますが、確かに鬼というのはストロングの表現であり、具象ではありますが、日本のはまるで違うのです。
発音は同じでも「隠忍(いんにん=耐え忍ぶ)」の群れなのです。「鬼は外、福は内」と、一掴みの豆を投げられたのを拾って飢えを満たしたり「施餓鬼(せがき=飢えた鬼に食事を施す」と称して薄いコーリャン粥を恵まれ、投降を迫られる哀れな存在なのです。鬼は鬼でも餓鬼なのです。日本では強い存在ではなく、飢えと寒さに泣いていた原住民がそうなのです。そしてナマハゲを鬼と間違えています。
「張輩(チャンバラ)」と呼ぶ言葉が多賀城のあった仙台に残ってます。この意は、先住原住民を農耕奴隷として、彼らに過酷な増産を課役し、怠けたり、他より収穫が劣れば青竜刀(せいりゅうとう)をぶんぶん振り回して役人が、見せしめに竹串に突き刺したり、逆さ吊りにして処刑した。だから大陸からの「チャンらは酷いやつだ」の事なのです。そして彼らが「南無、励め」と喚き廻って来る恐ろしい役人の掛け声。
「ナムハゲメ」が「ナマハゲ」と縮まって転化しだしたのは足利時代からのことで、守護代の家人と呼ぶ官奴(つかさやっこ=国有の奴隷)が役人となって、増産を命じた。
ヒエやアワの収穫はできても、米は難しいのに寒冷地の東北でも無理に押しつけられたのです。直ぐ見せしめにと虫けらのごとく殺してしまうオカミが、彼らが見せる地獄図絵の赤鬼青鬼の羅卒(らそつ=見回り兵)のごとく想えて、農耕奴隷の民は脅えきって監督官の役人を「鬼」と見なして怖れたのです。江戸期になっても雑草取りを怠れば収穫に影響するため、年貢代納の大庄屋が代官手代の指揮で作男供を使って各戸を廻らせ脅迫していた名残なのです。
明治になっても修身の時代ゆえ、子供の時から親の手助けをして雑草むしりをして、寒冷地といえども増産に励むべしと「怠け者はおらんけえ」と恐怖教育に利用。今では観光用になってますが。
太い鉄棒を構え、虎の皮の褌(ふんどし)で反仏教派の亡者を、血の池地獄や針の山へ追いやる中国大陸型の鬼を、ナマハゲは逆に投影して生まれた恐怖政治の具象的産物なのに、それを日本原住民の隠忍の群れと混同してしまうから、全く訳が判からぬ話になっているのです。



シャトラン「歴史地図帳」
左の挿絵のタイトルは「日本の皇帝クボーの殺害」❣
「足利義輝の二条御所を三好義継が襲撃」と言うより「キリシタン傭兵軍が朝廷側の将軍一族らを大虐殺」❣
右の挿絵も「江戸で歓待されるオランダ大使」でなく「植民地の日本の奴隷や宝物を母国に運ぶ」❣
応仁の乱も奴ら❣ pic.twitter.com/K3dNKn6YPy— TweetTVJP (@TweetTVJP) November 4, 2022
by rakusen21
| 2022-11-06 03:00
| この世の闇に巣食う者たち
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