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その中で、東京大空襲で豊島区は空襲の被害が少なかった、と言う話を聞き、何か妙だな、と、ピーンときた!実際、豊島区の一部は妻の和枝の関係もあって「昭和天皇のお庭番などの人たちが多く住んでいて、東京大空襲の時も池袋のそちらの方に逃げて助かった」と聞いていたからだ。
先の大戦中の首都・東京への空襲は100回を超えるが、昭和20年3月10日の「東京大空襲」を機に、米軍は、一般市民をターゲットにした無差別爆撃に舵を切った。なぜ米軍は戦術を転換したのか-。
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欧州戦線などの爆撃で成果を上げ、新しく任命されたカーチス・ルメイ少将(後に空軍大将)は、それまでの軍需工場への精密爆撃をやめ、一般市民を多数巻き込む無差別都市爆撃を計画した。ルメイ氏は戦後、自著で無差別爆撃を「全ての日本国民は航空機や兵器の製造に携わっている」と正当化している。
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そこで、さっそく調べ始めたら、とんでもない事がわかってきた!
1944(昭和19)年11月から翌年8月の終戦までの東京への空襲の被災状況
普通、連合軍の本当の敵なら、ドイツのヒットラーのように、一番の空爆の標的にすべき人物で、その昭和天皇のいる皇居を攻撃していないのだから。
ただ、それどころか、海軍関連施設や武器製造所、特に当初、最大の精密爆撃攻撃の目標に挙げていた中島飛行機製造所など、明らかに米軍ならば空爆の筆頭に挙げなければならない所をピンポイントで外していたのだ!また、三菱財閥の六義園や旧岩崎庭園(東大病院の南東側)や古河財閥の旧古河邸も外されていた。
もちろん、皇族関係の皇居、赤坂御所(東宮御所=旧青山御所)、明治神宮、(明治)神宮外苑、新宿御苑なども!
おっ、乃木神社も!(そこも空爆すると乃木大将に怒られる?)(^^;)
天皇一族の経営する日本赤十字病院や、有栖川宮公園の辺りにある皇族の赤ちゃんを産む愛育病院やスイス大使館、モルモン教東京神殿も!明らかに建物、施設を外し、精密爆撃していることが、これだけでも明白だ。


さらに詳細に本来、米軍が標的にするべき「兵器製造所」を地図上から特定していくと、現在の東京都北区滝野川にある「東京第一陸軍の武器製造所」がある。この場所も最初から本来は狙うべき重要な兵器工場なのに、故意に外している!































NHK被災地にある宿町143番地の辺りは小美野(小美濃)さんの家で、米軍の射撃を受け、沢地さん(インタビューで話している当人)の家にも、銃弾が飛び込んできた。ただ、小美濃さんはノモンハン事件の生き残り兵でノモンハン事件の真相は誰にも話せない、と沢地さんのお父さんに話しているのを子どもながら聞いて覚えている。 ただ小美濃さんは終戦後、終戦処理としての塹壕の整理に携わっていて、塹壕の処理をしている最中に事故で塹壕に生き埋めになり死亡した!(事故に見せかけ暗殺?) また、中島飛行機製作所は米軍が設営した工場であること! また、沢地さんのお父さんはNHK被災地にある環八の現在の桃井幼稚園(沓掛町)での精密爆撃の時も偶然、近くに居合わせて、爆撃の爆風を身近に感じ、九死に一生を得た、と、よく話していた、とのこと。 なお米軍の爆撃を受けたのは、青梅街道の南側の上荻の榊原さんのおばあさんで爆撃の爆風で即死状態だった。


「関東軍単独説」は、モンゴルや旧ソ連では従来から反論の的であった。1989年のモスクワ円卓会議では、たかだか少佐でしかない辻政信個人がどうして戦局全体に影響力を持ち得るか、という反論が提示され、近代国家の軍隊では決してあり得ないことだと批判された 。そして 1991 年の東京シンポジウムでも、より具体的な反論が提出された。・・・
悪魔か神様か? 参謀・辻政信の惨敗と圧勝

辻政信の失踪の謎
ノモンハン事件やガダルカナル島の戦いを指揮し、多くの損害を出したにも関わらず「作戦の神様」と呼ばれた。蒋介石の特務機関などに匿われて戦犯容疑を免れた。戦後は衆議院議員になり、1961年にベトナムのホーチミンと会うと称して、単身ラオスに乗り込んで消息不明に!



4月18日の正午。東京では皮肉にも折からの防空訓練の最中だった。12時15分にドゥリトル中佐の一番機が東京上空で最初の爆弾を投下した時、多くの人はその機影を訓練のための模擬敵機だと勘違いしたという。空襲警報のサイレンが鳴り響いたのは、その14分も後だった。アメリカ軍の爆撃機が本土上空に現れることなどまだ誰も予想していなかったため、人々は、精神的にも物理的にも無防備だった。ドゥリトル隊の奇襲攻撃は、計画どおり成功したのである。
このようなことからも、もう、米軍は東京大空襲にあたって、どの地点を空爆、攻撃するか、逆に外すか、天皇側と事前に綿密に打ち合わせしていたようだ!このことから、東京大空襲というと、産経新聞の言うような、第一次世界大戦の無差別爆撃、じゅうたん爆撃のイメージ をもっていたが、そんなことはない、一つの橋も正確に空爆できるような精密爆撃 だった事がわかるのだ。
これだから、米軍の無差別殺戮に謝罪も賠償も要求しない形として、「戦争を早く終わらせてくれて、ありがとう!」と東京大空襲をやってくれたカーチス・ルメイに外国人で最高の表彰状と勲章も渡したのだ!まあ、日本人の代表として天皇が感謝してくれるのだから、米側としては謝罪はもちろん、ましてや賠償を要求されることはなくなり、国際世論も納得した、と言う事だ。
それは、米国の近現代史の歴史教育でも「天皇から原爆の投下地点を広島、長崎と指示があった」と教えていると言われており、原爆投下に関しても無差別殺戮の意識は低いようだ。
まあ、東京大空襲も天皇としては、原爆地上起爆と同じ、ショックドクトリンの終戦工作の一つだったのだろう!
さて今度は、この戦争の責任者である天皇・皇族ら軍関係の責任追及は東京裁判では、結果的に、どうだったか調べたら、これも驚愕的な事実がわかってきた!
戦争を進めた総責任者の昭和天皇が裁かれなかったのは知っていたが、なんと、陸軍の将校、兵士らと関連する政治家の連中だけが死刑や無期懲役の判決を受け、皇族軍人の陸軍大将で防衛総司令官(天皇に次ぐナンバー2)になった東久邇宮 稔彦王(ひがしくにのみや なるひこおう)は裁判にもかけられていないのだ。
さらに驚愕すべきは、このような皇族軍人ばかりでなく、海軍将校らも皇族軍人に関わらず、一切、責任を問われていないのだ!完全に陸軍関係者らだけを悪者にして、皇族、海軍関係者は戦争責任は、ない事になったのだ!


まあ、結局、安倍晋三らを使ってやらせたオウム事件を麻原彰晃ら関係者を平成終了間際に処刑したようなことを、この東京裁判で行ったのではないのか?
さらにひどいのは、終戦直後に、首相になった東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみや なるひこおう)は、賀川豊彦らと計って、最初は「戦争責任は日本国民全員にある」とし、そのうち「天皇に戦争をさせた国民が天皇に懺悔しなければならない」と言う論法にすり替えて、「一億総ざんげ」のプロパガンダを開始したのだ!
会社として考えてみても、こんな奴がトップにいると、絶対、その会社の将来はよくならないよね!
また、米国と話し合って、新しい日本国憲法(1条から8条)をでっちあげ、天皇を日本の象徴として、あたかも、神様の様な立場にもちあげている。まあ、道理で、天皇と直接関係する祭祀や記念日でもないのに、5月3日の憲法記念日だけは国民の祝日にしている!
また、今度、皇后になった雅子皇后の実家のチッソも当時、アジア最大の火薬メーカーで、世界で最初の原爆実験に成功してる。
もう、いい加減、目を覚まして、日本の本当のトップの実像を歴史から見直してみようよ!
by rakusen21
| 2019-10-29 02:27
| この世の闇に巣食う者たち
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